僕はスーツを憎んでいる。
就職活動をしていた頃、僕は兄のお下がりのリクルートスーツを着ていた。兄は僕よりも体の線が細く、かなりぴったりと着る羽目になってしまった。
そのリクルートスーツを一日中着ていると、ズボンが破れないように気をつけて座る必要があり、帰宅した後には肩がとても痛くなった。
しかし、当時はスーツを着ることがなんとなく大人に近づいた気がして嬉しかった記憶がある。スーツが一番カッコいい服装だと思っていたからだ。それに就活してる真面目な自分を客観視して面白いと思っていた。
就活を始める前散々先生やら先輩に就活は大変だと脅されていたが、ちゃんと計画して取り組めば単純なことで、生活に支障はなかった。
思えばいつもこんな感じな気がする。受験は大変だ、中学生は大変だ、高校生は大変だ、大学生は大変だ、就職活動は大変だ。新生活が始まるごとに経験者は脅しにかかってくる。実際始まってみれば最初は緊張や不安で上手くいかないことはあったが、ある程度時間が経てば慣れていき、特に継続して大変だと感じたことはない。
話が逸れたが特に就活が大変だと思うことのないまま、内定が決まった。売り手市場だったのが幸運だった。
僕の職場は身だしなみがとても大切な業種だ。スーツも自分の体のサイズに合うものを買った。
毎日スーツを着ていて気づいたことがある。
僕はこの服がとても嫌いだということを。
朝起きてシャツを着てネクタイを締め、スラックスにベルトを通して履き、ジャケットに袖を通す。そのたびに違和感があり、なんて気持ちが悪いんだ。と思う。
本来の僕はダルダルのスウェットで外出するし、自宅でも何年も前に買った寝巻きで生活している。そんな自分が小綺麗な格好をして貼り付けた笑顔で出勤し、人と接する。
ありえない。そんなことが本来の僕にできるはずがない。僕は大学時代、バイト先での挨拶は「おざぁーす。」だった。
そんな自分が頭を下げて「おはようございます!」だ。嘘だ。全部嘘。「おはようございます」なんて毛ほども思っていない。
スーツは僕に嘘を吐かせるための鎧だと思っている。嘘はつきたくない、しかしこんな僕は嘘をつかないと社会では生きていけない。仮にダルダルのスウェットで出勤して良いとなった場合、本性が現れて僕は真っ先にクビだろう。
昔はスーツ姿をカッコいいと憧れを持っていたが、今ではその憧れは憎しみに変わってしまった。
だが僕はスーツを着ないと今、生活することはできないだろう。仕事をしなければご飯を食べることができない。
スーツを憎んでいながら、スーツがないと生活できない。そんな葛藤を抱きながら僕は明日もジャケットに袖を通す。
僕は人類で一番の大嘘つきだ。